「安谷屋（あだにや）」という名字は、沖縄県にルーツを持つ極めて特徴的な姓のひとつです。日本本土の名字とは異なり、琉球王国時代の地名・家系・屋号文化に由来する沖縄特有の命名体系の中から生まれた姓であり、古くから那覇市や浦添市を中心に伝わっています。地名の一部に由来するこの姓は、琉球王府時代の士族や知識階級に関連する家系として知られ、現在でも沖縄県内を中心に確認されています。本記事では、「安谷屋」という名字の意味や由来、歴史的背景、読み方、分布状況について、実際の史料や地名研究をもとに詳しく解説します。
安谷屋さんの名字の意味について
「安谷屋」という名字は、「安」「谷」「屋」という3つの漢字から構成されています。まず「安」は、「やすらぎ」「穏やか」「安全」を意味する一般的な漢字ですが、琉球の姓においては音韻上の要素として使われる場合が多く、必ずしも文字通りの意味を持つわけではありません。次の「谷」は地形を示す語で、谷地・谷間・低地などの地形を指すことが多く、「屋」は沖縄で古くから家号（いえごう）や屋号（やごう）として使われた字で、「～家」や「～屋敷」といった意味合いを持っています。
したがって「安谷屋」は、「安谷（あだに）」という地名に「屋（や）」を付けたもので、「安谷の家」「安谷の一族」を意味する地名姓（屋号姓）です。実際、沖縄では地名＋屋の形で構成される名字が多く、「識名（しきな）」「真栄田（まえだ）」「我那覇（がなは）」などと同じく、地域や屋敷の名称に由来することが一般的です。
特に「安谷（あだに）」という地名は、那覇市や浦添市周辺に古くから存在しており、その地域の地形的特徴（谷あいに位置する集落）や土地名から派生したとみられます。したがって、「安谷屋」という名字には「安谷地域に由来する家」「谷あいに住む安らかな屋敷」という意味が込められていると考えられます。
安谷屋さんの名字の歴史と由来
「安谷屋」姓の起源は、琉球王国時代（15世紀～19世紀）にさかのぼるといわれています。琉球の名字・屋号制度は本土の氏姓制度とは異なり、地名・屋敷名・役職名などに基づいて生まれました。王府時代には、士族階層が自らの屋敷や土地にちなんだ「屋号（やごう）」を名乗り、それがのちに正式な姓として定着していきました。
「安谷屋」はその代表例のひとつで、古くは「安谷屋家（あだにやけ）」として知られ、琉球王府の士族階級（親雲上＝ぺーちん）に属した家系が存在します。史料によれば、首里や那覇の士族の中に「安谷屋親雲上（あだにやぺーちん）」と称された人物があり、文化人や役人として王国の行政・文化に関わったことが記録されています。
また、沖縄本島中南部には「安谷屋（あだにや）」という地名が複数存在し、特に那覇市安里や浦添市前田周辺に「安谷屋原」と呼ばれる地域が古くからありました。これらの地名は、谷あいに形成された集落を意味し、地名そのものが姓として用いられたものとみられます。
さらに、安谷屋家の中には琉球王府の御用達商人（御用職）や士族文官として活動した家系も確認され、文化・行政両面で地域社会に貢献した家柄として知られています。近代以降も沖縄の教育・政治・芸術分野において「安谷屋」姓を持つ人物が活躍しており、琉球文化と深く関わる家系の一つといえます。
安谷屋さんの名字の読み方
「安谷屋」という名字の標準的な読み方は「あだにや」です。この読み方は沖縄県全域でほぼ共通しており、公式な登録名・戸籍上の読みとしても定着しています。
一方で、まれに「あたにや」「やすたにや」などと読まれる場合もありますが、これは表記上の誤読や本土風の読み方の影響によるものです。沖縄の名字は独特の音韻変化を持つため、「安（あ）」に続く「谷（たに）」が連音化して「あだに」と発音されるのが本来の形です。たとえば「比嘉（ひが）」「与那覇（よなは）」などと同様、母音連結による音の変化が生じています。
また、戦前期の文書では「阿谷屋（あだにや）」「阿檀屋（あだにや）」と書かれる例も見られますが、これらは同音異表記であり、実際にはすべて「安谷屋（あだにや）」と同義とされています。現代では「安谷屋」が正規の漢字表記として統一されています。
安谷屋さんの名字の分布や人数
「安谷屋」姓は、主に沖縄県に集中しており、全国的には非常に珍しい名字に分類されます。名字研究データ（2020年代の統計）によると、「安谷屋」姓の全国人数はおよそ600人から800人程度と推定されています。その約8割が沖縄県内に在住しており、とくに那覇市・浦添市・宜野湾市・中城村など本島中南部に集中しています。
また、沖縄県以外では、戦後の移住や進学、就職に伴って本土（東京都・神奈川県・大阪府など）にも少数ながら分布しています。特に東京や関東圏には、沖縄出身者の二世・三世世代を中心に「安谷屋」姓が確認されます。
なお、沖縄県内の地名としても「安谷屋」は残っており、那覇市や浦添市の一部には現在も「安谷屋原（あだにやばる）」という地名が見られます。これらの地域は歴史的に「安谷屋家」が居住していた土地であり、地名と姓が密接に結びついていることを示しています。
名字ランキングでは全国でおよそ2万5千位前後に位置しており、沖縄由来の姓としては比較的知られた存在です。
安谷屋さんの名字についてのまとめ
「安谷屋（あだにや）」という名字は、琉球王国時代に生まれた地名・屋号由来の姓であり、沖縄の歴史・文化・風土を色濃く反映しています。「安谷（あだに）」という地名に「屋（や）」を付けたもので、「安谷の家」「谷あいの屋敷」を意味します。
王府時代には士族階級の家系として存在し、「安谷屋親雲上（あだにやぺーちん）」など、政治や文化に携わった人物も確認されています。那覇市・浦添市を中心に地名・家系の両面からその名が伝わっており、現在でも沖縄県内では比較的多く見られる姓です。
読み方は「あだにや」が基本であり、全国的には希少姓に分類されるものの、沖縄の文化や歴史を語る上で欠かせない名字のひとつといえるでしょう。その成り立ちは、琉球文化の「地名と人名の一体化」という独自の伝統を今に伝える貴重な遺産です。