日本の名字の中でも古い歴史と独特の響きを持つ「甘糟（あまかす）」は、全国的には珍しいものの、古代氏族にルーツを持つ由緒ある姓として知られています。中世以降の武家社会でもたびたび記録に登場し、特に越後（現在の新潟県）を中心に名を残しています。本記事では、「甘糟」姓の意味や由来、歴史的背景、読み方のバリエーション、そして現代における分布と人数について、信頼できる史料に基づいて詳しく紹介します。
甘糟さんの名字の意味について
「甘糟」という名字は、漢字の構成から見ると一見複雑な印象を与えますが、それぞれの文字には明確な意味があります。「甘」は「うまい」「あまい」といった味覚を表す漢字で、古くは「穏やか」「やさしい」といった意味合いでも用いられていました。「糟」は「もみがら」や「かす（酒粕など）」を意味する文字で、酒造りや穀物加工に関係する言葉です。
この二字を組み合わせた「甘糟」は、古代の日本語的感覚で「うまいかす」「良質な酒粕」などを指す語としても成立しており、名字の由来としては「酒造り」や「醸造」に関わる職業起源説が有力視されています。また、地名由来の姓である可能性も高く、特定の土地で「甘糟」と呼ばれた場所や荘園があったと考えられます。
なお、「甘糟」の漢字の組み合わせは珍しく、同系統の名字（例：甘利、甘中など）と比べても古風な印象を与えるものです。こうした複合語的な名字は、奈良時代から平安時代にかけて地方豪族や職人層の間で形成されたとみられています。
甘糟さんの名字の歴史と由来
「甘糟」姓の起源は、平安時代以前にさかのぼるとされます。最古の記録のひとつは『続日本紀』や『日本後紀』など古代史料に見られる「甘糟連（あまかすのむらじ）」という氏族名で、奈良時代に存在した地方豪族の一族とされています。「連（むらじ）」は古代氏族の姓（かばね）の一つで、朝廷に仕える地方豪族に与えられた称号です。
この「甘糟氏」は、後に武家社会の形成とともに東国に勢力を移し、鎌倉時代には「越後甘糟氏」として名を馳せました。特に有名なのは、鎌倉幕府の御家人であった「甘糟景継（あまかすかげつぐ）」で、源頼朝に仕え、越後国の守護代や地頭職を務めた人物です。『吾妻鏡』にもその名が登場し、武勇に優れた家臣として知られています。
その後も、甘糟氏は越後を中心に勢力を維持し、戦国時代には上杉氏の家臣として仕えました。特に「甘糟景継（かげつぐ）」の子孫にあたる甘糟景康は、上杉謙信および上杉景勝に仕えた武将で、上杉家臣団の中でも重臣格に位置づけられています。新潟県上越市周辺には今も「甘糟屋敷跡」などの地名が残り、地域史の中でその存在が確認されています。
こうしたことから、「甘糟」姓は古代豪族に起源を持ち、後に東国武士として発展した家系の一つといえます。越後上杉氏との関係を通じて中世の史料にも多く登場するため、歴史的背景の明確な名字といえるでしょう。
甘糟さんの名字の読み方
「甘糟」の一般的な読み方は「あまかす」です。古くから文献や戸籍上でもこの読みが標準とされており、他の読み方はほとんど存在しません。
ただし、地域や時代によっては「あまかせ」と読むケースが見られることもあります。これは「糟（かす）」の字を「かせ」と音変化させる古い方言的用法に由来すると考えられます。しかし、現代においては「あまかす」と読むのが一般的であり、全国の戸籍登録においてもほぼこの読みで統一されています。
また、「甘糟（あまかす）」という音は、日本語として非常に古風で柔らかい響きを持ち、歴史的にも高貴な姓として扱われてきました。武家や旧家の家系ではこの読み方を重視しており、伝統的な発音を守り続けている地域も多く見られます。
甘糟さんの名字の分布や人数
「甘糟」姓は全国的には珍しい名字ですが、特定の地域に集中して分布しています。名字由来netや政府統計によると、現代の日本における「甘糟」姓の人数は約900人から1000人程度と推定されます。主な分布地域は、新潟県、東京都、神奈川県、埼玉県などで、特に新潟県内では上越市や長岡市周辺に集中しています。
これは、前述のように越後国を本拠とした「甘糟氏」の子孫が多く残っているためと考えられます。江戸時代以降、幕府や諸藩に仕えた甘糟家が江戸（東京）や関東各地へ移住したことから、現在では首都圏にも一定数の分布が確認されています。
また、近代以降では実業家や学者、政治家などに「甘糟」姓を持つ人物もおり、近現代史においても名を残しています。代表的な人物としては、実業家・外交官の甘糟継成（あまかすつぐなり）がおり、昭和初期における日本財界で活躍したことでも知られています。
甘糟さんの名字についてのまとめ
「甘糟（あまかす）」という名字は、古代氏族の「甘糟連」に起源を持つ非常に古い姓であり、奈良時代から続く長い歴史を有しています。平安期には地方豪族として、鎌倉・戦国時代には武家として、越後地方を中心に発展してきました。特に上杉氏に仕えた越後甘糟氏は、その名を後世にまで残す名家です。
名字の意味としては、「甘」＝穏やか・上質、「糟」＝酒粕・穀物のかすなどを意味し、古代の醸造文化や職人文化にもつながりのある言葉です。読み方は「あまかす」が基本で、非常に稀に「あまかせ」と読まれることもあります。
現代においては全国で1000人前後と少数ながら、歴史的にも文化的にも価値の高い名字として知られています。特に新潟県や関東地方にはその系譜を継ぐ家系が残っており、日本の姓氏研究においても重要な一例とされています。
古代から続く「甘糟」姓は、単なる名字ではなく、日本の氏族制度や地域史、そして文化の歩みを今に伝える存在です。もし身近に「甘糟」姓の方がいれば、その背後には1300年以上にわたる壮大な日本史の系譜が息づいているといえるでしょう。