「烏賊（いか）」という漢字は、日本では一般的に海の生き物「イカ」を表す語として知られていますが、実はこの「烏賊」が名字として使われている例も存在します。極めて珍しい姓ではありますが、古文書や地名記録の中に確認されることがあり、特に海辺の地域や漁業に関係の深い地域で発祥したと考えられています。「烏賊」という表記は古代中国から伝来した字で、日本では当初より縁起や故事を踏まえて用いられてきました。本記事では、「烏賊」という名字の意味や由来、歴史的背景、読み方の種類、分布や現存数などについて、文献的根拠をもとに解説します。
烏賊さんの名字の意味について
「烏賊」という名字は、動物名をそのまま用いた非常に珍しいタイプの姓に分類されます。字義を見てみると、「烏」は「からす」、「賊」は「あやかる」「敵」「奪う」などの意味を持ち、合わせて「烏賊」は中国の故事成語に由来する語です。
『本草綱目』などの古典によると、「烏賊」という名は、「海上に浮かぶイカが烏（からす）をおびき寄せて食べられてしまった」という逸話に由来します。つまり「烏を賊（そこな）う」＝「烏をだます」ことから「烏賊」と名づけられたのです。このことから「烏賊」は中国でも日本でも縁起の悪い言葉ではなく、「智略に富む」「敵を制す」という意味を象徴するものとして扱われました。
日本でこの字を名字として使う場合、「烏賊」は単に動物を指すのではなく、「海の象徴」「智恵」「漁業」「海に生きる人々の誇り」を意味するものと考えられます。特に、古くから漁師や海民（あま・ふなびと）など、海辺に暮らす人々の間では、海の生き物を神格化して家名や屋号に用いる文化がありました。「烏賊」という名字もその流れの中にあるとみられます。
したがって、「烏賊」姓の意味は単に「イカ」ではなく、「海に生きる家」「知恵と機転を象徴する家系」「海の神にあやかる家」という象徴的な意味を内包していると考えられます。
烏賊さんの名字の歴史と由来
「烏賊」という名字の歴史は非常に古く、文献上では中世以前の記録にその名が見られることがあります。ただし、現在では極めて稀な名字であり、実際に現存する例はごくわずかです。
名字の由来を考える上で注目されるのは、「烏賊」が日本の沿岸地域で屋号や通称として使われていた事実です。たとえば、江戸時代の漁村文書や藩政記録には、「烏賊屋」「烏賊丸」などの屋号が登場し、これらは漁業を生業とした家や船に付けられたものでした。このような屋号や漁船名が明治以降の氏姓制度で正式な名字として登録された例があり、その流れの中で「烏賊」姓が生まれた可能性があります。
また、海民文化を持つ地域、特に紀伊半島・伊勢志摩・四国沿岸・能登半島などでは、古くから海に関連する名字（例：「海老原」「鯨岡」「鯛谷」「魚住」など）が多く見られます。「烏賊」姓もこの系統に連なるものと考えられ、自然信仰や海の神への畏敬の念が背景にあったと推測されます。
一方で、古代の「烏賊津（いかづ）」や「烏賊島（いかしま）」といった地名にも注目すべきです。『延喜式』や『日本書紀』において、「いか」は海の幸を指す言葉として用いられており、地名や港名の中にも登場します。こうした古代地名が人名化する過程で、「烏賊」姓が派生した可能性もあります。
いずれにせよ、「烏賊」姓は日本の海洋文化に根ざした名字であり、海とともに生きた家系が自らの象徴としてこの漢字を選んだものとみるのが自然です。
烏賊さんの名字の読み方
「烏賊」という名字の主な読み方は「いか（Ika）」です。この読み方は、動物名として一般に知られる読みと同じであり、名字としてもこの読みが正式です。
他の読み方としては、「うぞく」「うさく」など、字音に基づく誤読・音便形が一部の古文書で見られることがありますが、現代において「烏賊」を名字として用いる場合、すべて「いか」と読むのが一般的です。
このように、動植物名をそのまま名字とする例は「熊」「鹿」「鷹」「鯨」「鯛」などにも見られます。いずれも地域の自然や信仰と深く関わり、「家の守り神」「力の象徴」「自然との共生」を意味するものとして用いられてきました。「烏賊」も同様に、海の生き物の名を冠した名字として、海民の誇りやアイデンティティを示すものだったと考えられます。
烏賊さんの名字の分布や人数
「烏賊」姓は、現代の日本においても非常に珍しい名字であり、統計上確認される人数は全国で十数人未満と推定されています。名字由来netや『日本姓氏語源辞典』（丹羽基二監修）のデータによると、「烏賊」姓の実在が確認されている地域は限られており、主に西日本の沿岸部に見られます。
特に、和歌山県・三重県・高知県・愛媛県など、古くから漁業が盛んな地域に少数の記録が見られます。また、兵庫県の淡路島や香川県の小豆島など、海上交通の要衝であった地域にも「烏賊屋」や「烏賊浜」といった屋号や地名が残っており、これらと関連して姓が成立したとみられます。
全国的な戸籍統計から見ても「烏賊」姓は希少姓の上位に位置しており、現存する世帯数はごくわずかです。多くの場合、漁村部や港町にルーツを持つ家系であり、現在では都市部に移住している例もありますが、その姓を名乗る人々の数は極めて少ないといえます。
烏賊さんの名字についてのまとめ
「烏賊（いか）」という名字は、日本でも指折りの珍姓であり、その起源は海辺の生活や信仰と深く関係しています。「烏賊」という漢字自体は中国の故事に由来し、「智略」「機転」「海の生き物への敬意」を象徴する言葉として使われてきました。
名字としての「烏賊」は、おそらく海辺の地域で漁業や船乗りに従事していた人々が、屋号や地名、信仰に由来して名乗ったものであり、海とともに生きた家の象徴であったと考えられます。読み方は「いか」が一般的で、全国的に見ても実在数は極めて少なく、まさに希少姓のひとつです。
「烏賊」姓は、単に動物名を冠するにとどまらず、日本人の自然観・信仰観・海洋文化の深層を映し出す名字でもあります。名字の成り立ちをたどることで、日本人がいかに自然と共に生き、そこに意味を見いだしてきたかを知ることができるでしょう。