日本の名字の多くは、地名や自然、職業、そして地域の風土に根ざしています。「藺上（いがみ）」という名字もそのひとつで、古くから農耕や湿地帯に関係する地名や職業に由来すると考えられる珍しい姓です。「藺（い）」という字は、い草（いぐさ）を意味し、日本人の暮らしと深く結びついた植物を表しています。本記事では、「藺上（いがみ）」という名字の意味、由来、歴史、読み方、そして分布について、実在する資料や名字研究をもとに詳しく解説します。
藺上さんの名字の意味について
「藺上（いがみ）」という名字は、「藺」と「上」という二つの漢字から構成されています。まず、「藺」は「いぐさ」を意味する漢字です。「いぐさ」は古来より日本の畳表やござなどに用いられてきた植物で、水辺や湿地でよく育つことから、農業や水田と関係の深い植物として知られています。この「藺」を用いた名字には、「藺草（いぐさ）」「藺田（いだ）」「藺谷（いがや）」などがあり、いずれも「いぐさの生える土地」や「湿地地帯」を意味する地名や家名から生まれたとされています。
次に、「上」は「うえ」「かみ」「のぼる」といった意味を持ち、名字では地形や方位を示す文字として頻繁に使われます。たとえば「川上」「山上」「田上」などがあり、いずれも「～の上流」「～の高地」といった地理的特徴を示しています。
したがって、「藺上」という名字は、「いぐさが生える土地の上流」または「湿地帯の上方にある場所」といった意味を持つと推定されます。地名姓としての性格が強く、もともとは「藺（いぐさ）」が生えていた地域や湿地の近くに住んでいた人々が、その地名を名乗ったものと考えられます。自然環境に密着した日本の農村社会の特徴をよく表す名字のひとつといえるでしょう。
藺上さんの名字の歴史と由来
「藺上」という名字は、地名に由来する姓であると考えられています。特に九州や中国地方などでは、「藺」を冠する地名や姓が古くから存在しており、「藺上」もその系統に属する可能性があります。
「藺」を含む姓は、奈良時代から平安時代にかけて成立した地名や郷名に由来するものが多く見られます。『和名類聚抄（わみょうるいじゅしょう）』（平安時代中期の地名辞典）には、「藺田（いだ）」「藺草（いぐさ）」などの地名が記録されており、これらの地名は水辺や低湿地の多い地域を示していたと考えられています。こうした地名を起源とする家がのちに名字として「藺上」と名乗るようになったとみられます。
また、各地には「藺上」という地名が現存しています。代表的なものは、島根県出雲市にある「藺生（いぶ）」「藺生町（いぶちょう）」、熊本県八代市の「藺堂（いどう）」、さらには岡山県にも「藺」を含む古い地名が点在しています。これらの地域はいずれも水田や湿地が広がる土地であり、「藺上」という名字がこうした土地の地形的特徴や植物に由来することを裏付けています。
江戸時代の郷土記録や土地台帳にも「藺上」姓の記載がみられ、特に西日本では古くから定着していたことが分かります。藺草を用いた畳表やござの製造が盛んな地域では、「藺上」という姓が職業姓的な性格を帯びて生まれた可能性もあります。
明治時代に入り、戸籍制度が整備されると、それまでの地名・屋号が正式な姓として登録されました。「藺上」もその過程で公式な名字となり、現在に至ると考えられます。
藺上さんの名字の読み方
「藺上」という名字の主な読み方は「いがみ」です。この読みは全国的に確認されており、「藺（い）」の訓読みと、「上（かみ）」の音便化が組み合わさった形とされています。「いがみ」という読みは古くから地名や姓として使われており、発音上も自然な形です。
地域によっては、「いのうえ」「いじょう」「いかみ」といった異読が存在する可能性もあります。「藺上」の「上」を「うえ」と読む場合には「いのうえ」などの読み方となり、「上」を「かみ」と読むと「いかみ」となります。しかし、現代における公的な記録（戸籍、電話帳、地名辞典など）では、最も一般的な読み方は「いがみ」とされています。
また、名字研究では、「藺上（いがみ）」は「伊神（いがみ）」や「伊上（いがみ）」と同系統の姓とされる場合もあり、地域によっては表記の違いが生じたものの、もともと同じ発音の名字だった可能性も指摘されています。特に愛知県・岐阜県周辺で見られる「伊神」姓との関連性が考えられ、藺草や水田に関係する地域姓として共通する文化的背景を持っているといえるでしょう。
藺上さんの名字の分布や人数
「藺上」という名字は、全国的に見ても非常に珍しい姓に分類されます。名字データベース（名字由来netなど）や戸籍統計によると、全国の「藺上」姓の人数は100人未満と推定されています。特に多く確認されているのは、熊本県、岡山県、島根県、そして九州北部の一部地域です。
これらの地域はいずれも「藺草（いぐさ）」の生育に適した気候や土地を持ち、古くから藺草の栽培や畳表の生産が行われてきた場所です。そのため、「藺上」姓はこうした土地に由来する在地姓として成立したものと考えられます。
また、同系統の名字として「藺田（いだ）」「藺草（いぐさ）」「藺谷（いがや）」などがあり、これらはいずれも水田地帯や湿地の多い地域で見られます。名字としての「藺上」も、地域の自然環境と農業文化が密接に関係していることを示しています。
なお、現代では都市部への移住によって、関西・関東地方にも少数ながら「藺上」姓が確認されていますが、いずれも出自は西日本にあると推定されます。日本全国で見ても希少姓に分類され、知名度は高くないものの、歴史的には非常に古いルーツを持つ姓であることは確かです。
藺上さんの名字についてのまとめ
「藺上（いがみ）」という名字は、日本の自然と生活文化に深く根ざした地名姓です。「藺」はいぐさを意味し、「上」は地形や位置を示す語であることから、「湿地の上」「いぐさの生える土地の上方」といった意味を持ちます。古代の日本では、こうした自然環境をもとにした地名が多く、その地名を家名として名乗ることで名字が生まれました。
その起源は西日本を中心に、藺草の栽培や水田の広がる地域にあると考えられます。地名としても古い形を残しており、江戸時代の土地記録にも確認される姓です。明治期に正式な姓として登録された後も、主に熊本県・岡山県・島根県などで受け継がれています。
読み方は「いがみ」が一般的で、全国的にも珍しい希少姓です。その背景には、日本人の自然観や農耕文化、そして地域社会とのつながりが反映されています。「藺上」という名字は、まさに自然と人間の共生を象徴する美しい姓であり、日本の名字文化の奥深さを伝える貴重な存在といえるでしょう。