「位下（いげ）」という名字は、日本全国でもきわめて珍しい姓のひとつです。その字面からも古風で格式の高い印象を与えるこの名字は、「位」という身分や官職を表す文字と、「下」という地理的・階層的な位置を表す文字を組み合わせたもので、古代日本の社会構造や官職制度に関係して生まれた可能性が考えられます。現在では非常に限られた地域にしか確認されない名字ですが、その語感や由来には古代的な要素が色濃く残っています。本記事では、「位下（いげ）」という名字の意味・語源・歴史・分布などについて、文献や名字研究の知見をもとに詳しく解説していきます。
位下さんの名字の意味について
「位下」という名字は、構成する漢字の意味から読み解くと、「位」と「下」という二つの文字が深い意味を持っています。
まず「位」は、「くらい」と読み、古代・中世の日本では官職や身分、社会的地位を意味しました。「位階制度」においては、朝廷や武家の中での序列を表す言葉として用いられ、天皇を頂点とする秩序の中で、臣下の身分を示すものです。したがって「位」という文字を名字に含む場合、その家系が何らかの公的職務、あるいは村落社会における上層階級に関係していた可能性があります。
次に「下」は、「下（した）」や「下る（くだる）」の意味を持つ漢字で、地名や姓においては「低地」「下方の土地」「本家に対する分家」などを表すことが多いです。たとえば、「上村」「下村」「上田」「下田」のように、地理的な位置を表す姓が全国に広く存在します。
この二つを合わせた「位下」という名字は、文字通りに解釈すると「位（くらい）の下」「官位の下の地」「地位の下の人々」となります。しかし、実際の名字としての意味はより複雑で、単なる上下関係を示すのではなく、「位の下に属する土地」や「位の下を管轄する役所・村」を指していた可能性が高いとされています。
つまり、「位下」は特定の地名、あるいは位階制度に関係する地域的な呼称から生まれた名字であると考えられます。
位下さんの名字の歴史と由来
「位下」という名字は、日本の古代的な官職・地名制度の影響を受けて成立した地名系姓とみられています。現在のところ、「位下」という地名は全国的に少ないものの、古文書や地誌の中には類似する地名・呼称が見られます。
① 古代律令制との関連
律令制度下において、「位（くらい）」は朝廷の官僚制度の階級を指し、「正一位」から「従八位下」まで、細かく定められていました。この中で「下（げ）」は位階の区分に用いられる語であり、たとえば「正四位下」「従五位下」といったように、位の中でも下位を示す表現でした。
このことから、「位下（いげ）」という名字は、律令制期の官職名や位階呼称から派生した可能性があります。古代には、官職に関係する地名が全国に存在し、たとえば「郡司」「大蔵」「主殿」など、役職や官職を起源とする姓が生まれました。「位下」もまた、そうした制度に由来する一種の職能姓であった可能性が指摘されています。
② 地名由来説
「位下」は地名から生まれた姓である可能性もあります。古い地名の中には「位ヶ下（くらいがした）」「位下村（いげむら）」といった地名が存在した記録があります。特に九州地方や中部地方では、地形や行政区分に関する名前として「〜ヶ下」という呼称が多く使われていました。
この「位下」も同様に、「上位（くらいがみ）」や「位上（いじょう）」と対になる形で生まれた地名である可能性が考えられます。そのような地名に住んでいた人々が、明治期の「平民苗字必称義務令」（1870年）施行の際に土地の名前を姓として採用したとみられます。
③ 地方武士・庄屋の姓としての成立
中世から近世にかけて、地方の豪族・庄屋層の中には、土地の名や旧職をそのまま名字とした家系が多く存在しました。江戸時代には、農村社会での役職（庄屋・組頭など）を世襲する家があり、「位下」は村落行政に関係する名家や、古くからの名主の家系に由来した姓である可能性があります。
このような名字は、村落内での階層を示すとともに、その地域社会の中心的存在であったことを示唆しています。
位下さんの名字の読み方
「位下」は珍しい構成の名字であり、読み方にはいくつかの異説があります。最も一般的な読みは「いげ」ですが、地域によっては次のような読み方が存在する場合もあります。
- いげ（主流の読み）
- くらいした（地名的読み）
- いしも（方言・訛音的読み）
このうち、「いげ」という読みは、漢字の「位下」を音便化したものであり、「い＝位（くらい）」の訓読を音化させ、「げ＝下（しも）」を簡略化して組み合わせた読み方と考えられます。つまり、「いげ」は古語的な発音を保持している地域固有の読み方であるといえるでしょう。
また、稀に「くらいした」と読む例も見られ、これは「位下」を文字通りに訓読したものです。ただし、姓としては用例が非常に少なく、「いげ」が実質的に一般的な発音となっています。
位下さんの名字の分布や人数
「位下」という名字は、日本全国でも非常に珍しく、確認されている範囲では数十世帯から百世帯未満とされています。『名字由来net』や『日本姓氏語源辞典』（丹羽基二編）などのデータベースによれば、主な分布は以下の地域に集中しています。
- 熊本県（八代市・球磨郡など）
- 福岡県（筑後地方）
- 山口県（防府市・下関市）
- 広島県（安芸地方）
- 奈良県・和歌山県（紀伊半島一帯）
これらの地域は、いずれも古代律令制の影響が強く残る土地であり、「郡」「位」「下」などの行政・地形語を含む地名が多く存在していました。したがって、「位下」姓は西日本を中心に発生したものと考えられます。
また、明治期以降は、これらの地方から関西・関東方面へ移住した家系もあり、現在では大阪府、愛知県、東京都などにも少数ながら見られます。現存する「位下」姓の家系は、古くからの地方名家である可能性が高く、歴史的に地域の行政や農業経営に関わっていた家柄であることがうかがえます。
位下さんの名字についてのまとめ
「位下（いげ）」という名字は、非常に珍しく、古代日本の官職制度や地名文化と関係して生まれたと考えられる姓です。「位」は社会的地位・官位を意味し、「下」は地理的または階層的な位置を表すことから、「位下」は「位の下にある土地」や「位を持つ者に属する地域」といった意味を持っていたと推測されます。
この名字は古代の律令制度の名残、または中世から近世にかけての地名・役職由来の姓として成立したもので、西日本、特に九州・中国地方を中心に伝わっています。読み方は主に「いげ」とされ、地域によっては古語的な発音の名残をとどめています。
現在では全国的に数が少ない希少姓ですが、その字面には日本社会の古い階層構造や文化的背景が反映されています。「位下」は、名字研究の観点から見ても興味深い例であり、日本の名字文化の多様性を物語る一つの存在といえるでしょう。