「池尻野（いけじりの）」という名字は、日本全国でも極めて珍しい姓のひとつです。その構成から見ると、「池」「尻」「野」という三つの自然地形を表す漢字が組み合わされており、古くから日本の地名や生活環境に深く関係してきたことがうかがえます。この名字は、池のほとりやその奥に広がる野（の）を意味し、水辺と平野が隣接する地域を起源とする地名姓と考えられています。この記事では、「池尻野」姓の意味や語源、歴史的背景、読み方、そして全国的な分布や人数について、実在する資料や姓氏学の知見をもとに詳しく解説します。
池尻野さんの名字の意味について
「池尻野」という名字は、自然地形を示す三つの語「池」「尻」「野」から成り立っています。これらはいずれも日本の地名形成において古くから使われてきた語であり、土地の形状や位置関係を直接的に表現しています。
まず、「池」は水をたたえる場所、すなわち自然の池やため池を意味します。日本では古代から農業用水を確保するためにため池が多く築かれ、「池」を冠する地名や姓（例：池田・池上・池端など）が全国に見られます。水田を潤す源として「池」は生活と密接に関わり、その周辺地域に住んだ人々が「池」を含む名字を名乗ることが多くありました。
次に、「尻（しり・じり）」という字は、古代日本語において「末端」や「後方」を意味します。地名においては「山の裾」や「川の下流」、「土地の端」を指すことが多く、山裾や池のほとり、または谷の終わりを意味する場合もあります。地名姓の中では「山尻」「川尻」「池尻」などが代表的であり、いずれも地形の末端部分を表す地名です。
最後に、「野」は「の」と読み、平地・原野・広がりのある土地を意味します。古代の地名において「〜野」は開けた農地や平原を指すことが多く、「中野」「平野」「青野」などの姓にも用いられています。
以上を組み合わせると、「池尻野」は「池の端に広がる野原」あるいは「池の末に続く平地」といった意味を持つと考えられます。つまり、地形に基づく非常に具体的な地名から生まれた姓であり、農耕文化の発達と密接に関係する名字といえるでしょう。
池尻野さんの名字の歴史と由来
「池尻野」という名字の成立は、古代から中世にかけての日本各地に存在した地名「池尻」「池野」などの派生地名に由来するものとみられます。「池尻」姓や「池野」姓は比較的多く見られますが、「池尻野」と三文字で構成される地名・姓は全国的にもごく一部に限られます。
① 地名に由来する姓
「池尻野」は、地名から発生した地名姓（じみょうせい）の典型です。古文書や地誌によると、九州地方や中国地方の一部に「池尻野」という地名が存在したとされ、特に熊本県・鹿児島県・大分県などで確認されています。これらの地名はいずれもため池の下流や池の端に位置する平地で、農耕地帯として利用されていた地域が多いことが特徴です。
このため、「池尻野」姓は、そうした地名に住む一族がその地名を名乗ったことにより生まれたと考えられます。江戸時代以前の日本では、村名や字（あざ）の呼称をそのまま姓にする慣習があり、「池尻野」もそうした地名姓の一系統とみなされています。
② 「池尻」姓との関連
「池尻野」姓は、「池尻」姓との関連が深いと考えられます。「池尻」は全国に存在する地名で、特に九州南部・四国地方・中国地方に多く分布しています。たとえば、熊本県には「池尻」という地名が複数確認され、鹿児島県や宮崎県でも同様に「池尻」姓が古くから存在します。これらの地名・姓が派生的に「池尻野」となったとみられます。
具体的には、池尻という集落の外れに広がる野（の）を開墾した人々が、後にその土地を「池尻野」と呼び、その名が姓として定着したと考えられます。つまり「池尻」の枝姓（えだせい）として「池尻野」姓が生まれたということです。
③ 江戸時代以降の記録
「池尻野」姓の記録は、江戸時代の九州地方の宗門改帳（戸籍帳）などに確認されています。特に肥後国（現在の熊本県）や薩摩国（鹿児島県）において「池尻野」の表記が見られ、農村の有力家や庄屋筋に多かったことが分かっています。また、宮崎県南部にも「池尻野」という小字名が残っており、この地域が姓の発祥地のひとつである可能性が高いです。
明治以降の戸籍制度の整備によって、「池尻野」姓は正式な名字として登録され、以後はごく限られた地域で受け継がれています。
池尻野さんの名字の読み方
「池尻野」という名字の一般的な読み方は「いけじりの」です。しかし、地域や時代によって多少の変化が見られ、他にもいくつかの読み方が存在します。
- いけじりの（最も一般的な読み方）
- いけしりの（古い方言的発音、九州地方の一部で確認）
- いけじの（略読・音便化による変化形）
「尻（じり）」という字は、「しり」とも「じり」とも読みますが、名字や地名では「じり」と読むのが一般的です。これは古代日本語において「し」が濁音化して「じ」と発音される傾向が強かったためで、全国に広く分布する「川尻」「山尻」「池尻」などの姓にも共通しています。
「野（の）」は、地名語尾として「〜の」と発音されることが多く、古代日本語における助詞的な用法の名残です。そのため「池尻野」は「いけじりの」と読むのが自然な形です。
なお、「いけじの」と略して発音する地域もあり、これは九州地方や四国地方の一部で見られる音便化の傾向を反映したものといえます。
池尻野さんの名字の分布や人数
「池尻野」姓は全国的に見ても非常に珍しい名字です。名字データベース（名字由来netや日本姓氏語源辞典など）によると、「池尻野」姓の全国人数はおよそ100人前後と推定されています。これは全国約30万種類ある名字の中でも極めて希少な部類に入ります。
分布地域は主に九州地方に集中しており、とくに以下の県で確認されています。
- 熊本県（八代市・人吉市・宇城市など）
- 鹿児島県（南九州市・指宿市・霧島市など）
- 宮崎県（都城市・えびの市など）
- 福岡県（筑後地方に少数）
これらの地域は、古くからため池や河川の多い地形であり、水利と農業に密接に関係した集落が多く存在します。そのため、「池尻」「池野」などの姓と並び、「池尻野」姓も地元の地形を反映して生まれたと考えられます。
また、明治以降の移住により、関西地方（大阪府・兵庫県）や関東地方（東京都・神奈川県）にもわずかに「池尻野」姓の登録が確認されていますが、依然として九州地方が主要分布地です。
このような分布傾向から、「池尻野」姓は古代から近世にかけて九州南部で形成された在地姓であり、他地域への広がりは近代以降の移住によるものであることが分かります。
池尻野さんの名字についてのまとめ
「池尻野（いけじりの）」という名字は、日本の自然と生活環境が密接に結びついた地名姓のひとつです。「池」「尻」「野」という三つの漢字はいずれも土地の特徴を直接表すものであり、「池の端に広がる野原」「水辺に続く平地」といった情景を思い浮かばせます。
発祥地は九州地方、特に熊本県や鹿児島県、宮崎県とされ、古くはため池の周囲に形成された農村集落の地名から姓として生まれたと考えられます。江戸時代には村名として記録が見られ、地元では旧家として続く家系も存在します。
読み方は「いけじりの」が一般的で、方言的に「いけしりの」「いけじの」と読む地域もあります。全国的な人数は100人前後と非常に少なく、希少姓として分類されます。
この名字は、水と大地に恵まれた日本の農耕文化を象徴する姓であり、自然と共に生きた先人たちの知恵と暮らしの記憶を今に伝える貴重な存在です。池尻野さんの名字には、郷土の風景と歴史が息づいているといえるでしょう。