「市来（いちき）」という名字は、九州地方を中心に古くから伝わる日本の姓であり、特に鹿児島県に深いルーツを持つことで知られています。その起源は古代の地名「市来郷（いちきごう）」に由来するといわれ、地名姓として成立した由緒ある名字のひとつです。「市」と「来」という漢字の組み合わせは、古代の市場文化や交通の要衝を象徴する意味を含み、地域の歴史や信仰とも密接に関係しています。本記事では、「市来」姓の意味や由来、歴史的背景、読み方、分布状況などについて、信頼できる資料をもとに詳しく解説します。
市来さんの名字の意味について
「市来」という名字は、「市」と「来」という二つの漢字から構成されています。それぞれの字の意味を紐解くことで、この名字に込められた由来を理解することができます。
まず、「市」は古代日本において「人々が集まり、物資の取引や情報交換を行う場所」、すなわち市場（いちば）を意味します。「市」は経済的な拠点であると同時に、文化や交流の中心でもあり、地名や名字によく使われる漢字です。名字においては「市場のある土地」「商業が盛んな地域」「集落の中心地」を示すことが多いとされています。
一方、「来」は「来る」「到る」などを意味し、「人や物が集まる」「訪れる」といったニュアンスを持ちます。古代の地名では、「来（き）」や「来田（きだ）」「来栖（くるす）」のように、移動や集まりを表す言葉として用いられることが多く、交通の要所や人々が往来する地域を意味することもあります。
この二つの漢字を組み合わせた「市来」は、「人々が市場に集い、物や文化が行き来する場所」という意味合いを持ち、交易や文化交流の拠点を示す地名として生まれたと考えられます。したがって、名字としての「市来」は「市場に関わる家」「市のある土地に住む人々」「往来の盛んな地域に住んでいた一族」などを指すものと推測されます。
市来さんの名字の歴史と由来
「市来」姓の由来は、古代の地名「市来郷（いちきごう）」に求められます。この地名は現在の鹿児島県日置市（旧・市来町）周辺にあたり、古代薩摩国に属する由緒ある土地でした。奈良時代の地誌『和名類聚抄（わみょうるいじゅしょう）』にも「薩摩国川辺郡市来郷」の記録があり、すでにこの地名が存在していたことが確認されています。
「市来郷」は古くから人々の集まる場所として栄えており、薩摩国の政治・経済・交通の要衝として重要な役割を果たしました。海岸部に位置することから交易にも適しており、漁業や農業、商業が発展した地域でした。そのため、この地に住む人々が「市来（いちき）」を名字として名乗るようになったと考えられます。
また、平安時代以降には「市来氏」という在地豪族が存在していたとされ、薩摩国の有力土豪として地元の行政や神社の運営に関わっていたと伝わります。鎌倉時代には、薩摩国の地侍や郷士の中に「市来」の名を持つ人物が見られ、南九州の地域支配において一定の勢力を誇っていたと考えられます。
江戸時代には薩摩藩（島津家）の支配下で「市来」姓を持つ武士や商人の家系が確認され、日置地方の旧家として続いたとされています。特に「市来町（いちきちょう）」はその名を現在にまで残しており、明治期以降も地域名とともに「市来」姓が受け継がれてきました。
さらに、明治8年（1875年）の氏姓制度制定の際には、地名に由来する姓を正式に登録した家も多く、「市来町」やその周辺地域の住民が自らの土地の名をとって「市来」姓とした例が多数見られます。このため、「市来」姓は地名姓としての色合いが非常に濃い名字といえるでしょう。
市来さんの名字の読み方
「市来」という名字の主な読み方は「いちき」です。この読み方が全国的に最も一般的であり、地名としての読み方とも一致しています。
しかし、漢字の構成上、地域や時代によって異なる読み方が用いられることもあります。以下に確認されている主な読み方を挙げます。
- いちき（最も一般的で、鹿児島県の地名に由来する標準読み）
- いちぎ（古い方言的な読み、または音便による異読）
- いちく（まれに見られる転読、歴史的表記で確認例あり）
特に「いちき」は鹿児島県では地名と一致しており、現在でも「いちき串木野市」としてその名が残っています。また、古代文書や地方史の中では「いちぎ」「いちく」と記されることもありますが、現代ではほとんど使われていません。
このように、「市来」は発音が土地や時代によって微妙に異なる場合があるものの、現代日本では「いちき」が公式かつ一般的な読み方とされています。
市来さんの名字の分布や人数
「市来」姓は全国的には希少姓に分類されますが、九州地方では比較的知られた名字の一つです。名字研究データ（2020年代統計）によると、「市来」姓の全国の推定人数はおよそ1,000〜1,500人程度とされています。
最も多いのはやはり鹿児島県で、特に日置市（旧・市来町）やその周辺地域に集中しています。次いで宮崎県、熊本県にも少数ながら分布しており、これらは薩摩地方からの移住や分家によるものと考えられます。近年では関東地方（東京都・神奈川県）や関西地方（大阪府・兵庫県）にも移住によって定着した例が見られ、都市部に在住する「市来」姓の方も増加傾向にあります。
特に鹿児島県日置市では、かつての市来町が2005年に串木野市と合併して「いちき串木野市」となったことから、「市来」の名は現在でも地域アイデンティティとして大切にされています。そのため、地元出身者にとって「市来」姓は誇りある地名姓として継承されているのです。
また、近隣地域には同音異字の姓「一木（いちき）」「市木（いちき）」なども存在しますが、これらは地名・起源が異なる別姓です。「市来」姓は古代薩摩の「市来郷」に由来する独自の系統を持つことが、地誌や姓氏資料からも明らかになっています。
市来さんの名字についてのまとめ
「市来（いちき）」という名字は、鹿児島県日置市の古代地名「市来郷」に由来する地名姓であり、奈良時代にはすでに存在していた歴史ある名字です。「市」は人々の交流の場、「来」は往来を意味し、「市来」は「人と物が集う市場のある土地」を表しています。
この名字を持つ家系は、薩摩国の在地豪族として地域社会の形成に関わり、江戸時代には薩摩藩の支配下で栄えました。現代においても鹿児島県日置市周辺を中心に分布し、全国的には1,000〜1,500人ほどの希少姓とされています。
「市来」は、地名に由来するだけでなく、地域の歴史や文化、信仰と深く結びついた名字であり、古代から現代に至るまで連綿と受け継がれてきた日本固有の文化遺産といえるでしょう。地名とともに受け継がれるこの名字には、地域の誇りと歴史が息づいています。