「當（あたり）」という名字は、日本において非常に珍しい姓の一つであり、古代から続く地名や方位、または「この地」「この辺り」を意味する言葉に由来するものと考えられています。「當」は「当」の旧字体であり、古い戸籍や文献では長らくこの字が使われてきました。漢字一文字の名字としては歴史が深く、特に中国地方や九州地方に古くから見られる在地姓（ざいちせい）の一系統として伝わっています。本記事では、「當（あたり）」という名字の意味や由来、歴史的背景、読み方、分布などを、名字研究の文献や地名資料に基づいて詳しく解説します。
當さんの名字の意味について
「當」という字は、「まさに」「あたる」「この場所」「そのもの」といった意味を持つ漢字です。現代では「当」と書かれますが、旧字の「當」は古代から使用され、意味としては「中心」「その地域」「その場に当たる」という地理的・位置的な概念を表していました。
名字における「當」は、古代の言葉「辺り（あたり）」や「当たり」に通じる語感を持ち、地名や方位を示す姓として成立したと考えられています。つまり、「當（あたり）」という名字は「この地域」「この土地」「この場所に住む人々」といった意味を内包しているのです。
また、「當」という字は「当主」「該当」「担当」などに見られるように、「正しくその位置にある」「適切な場所にある」といった意味も持ちます。そのため、名字としての「當」は、地理的な位置だけでなく、「正当な」「本家筋にあたる」といった象徴的意味を持っていた可能性もあります。これは、古代日本における名字が単なる個人識別のためではなく、土地支配や家格を表す役割を持っていたことに起因します。
このように、「當（あたり）」という名字は、地名的意味と社会的象徴性を併せ持つ極めて古風な姓であり、日本の名字文化の中でも特に言語的・歴史的価値の高い名字といえます。
當さんの名字の歴史と由来
「當（あたり）」姓の起源は、古代日本の地名や郷名に由来すると考えられています。奈良時代から平安時代にかけては、各地に「當（あたり）」「當原（あたりはら）」「當所（あたりしょ）」といった地名が存在し、これらの土地に住む人々が地名を姓として名乗るようになったことが、名字の成立過程に深く関係しています。
古文書や『和名抄（わみょうしょう）』などの地名記録には、「當」や「辺」「当」などの文字を用いた地名が複数見られます。特に中国地方（広島県・山口県）や九州地方（熊本県・福岡県）には、「當」「当」を冠する地名や旧村名が存在し、これがそのまま姓に転じた例が多いとされています。
また、「當」姓は古代の豪族や在地武士の家系にも関係していた可能性があります。中世期の記録には「當原氏」「當山氏」などの複合姓が見られ、「當」は地名の接頭語として使われることが多く、特定地域の支配者層や名主階級が自らの土地名を冠して名乗ったものと考えられます。
江戸時代以降、「當」姓は「当」に書き換えられることが増えましたが、旧字を維持する家も一部に残り、現在でも戸籍上「當」と記す家系が存在します。これは、明治以降の文字政策によって多くの旧字体が簡略化された際にも、家の伝統や家紋との関係で旧字を保った一例とされています。
つまり、「當（あたり）」姓は、古代の地名文化と中世の在地社会構造の中から自然に生まれた名字であり、日本人の名字史の中でも特に古層に属する由緒ある姓といえます。
當さんの名字の読み方
「當」という名字には、地域や家系によっていくつかの読み方が存在します。主な読み方は以下の通りです。
- あたり（最も一般的な訓読み）
- とう（音読み）
- あたる（古語的訓読み）
- まさ（まれな古訓）
最も一般的で伝統的な読みは「あたり」です。これは地名的な発音に由来しており、「辺り」「当たり」の意味をそのまま保っています。特に中国地方や九州地方では、「當（あたり）」と読む家が確認されています。
「とう」という読み方は、中国姓由来の音読から来ており、古代において渡来系氏族が「當（とう）」の姓を持っていたことが記録されています。日本では地名や人名においても「當麻（たいま）」「當間（とうま）」など、「とう」と読む例が残っています。
一方で、「あたる」という読み方は極めてまれですが、古文書などで確認される古語的訓読みです。これは「当たる」「該当する」などの動詞的意味に由来するもので、現代の名字としてはほとんど使われていません。
なお、旧字体「當」は明治以降に新字体「当」に統一されたため、現在では多くの家が「当（あたり）」と表記していますが、旧家や古い戸籍を持つ家では今なお「當」を正式表記として用いています。
當さんの名字の分布や人数
名字データベース（2020年代の統計）によると、「當（あたり）」という名字を旧字体で表記する家は全国でも極めて少なく、全国でおよそ50人から100人程度と推定されています。一方、同音の「当（あたり）」姓を含めると、全国に約150人から200人程度が存在するとみられます。
地域分布としては、以下の地方に集中しています。
- 広島県（特に三次市・庄原市周辺）
- 山口県（萩市・防府市周辺）
- 島根県（出雲地方）
- 熊本県（八代市・人吉市周辺）
- 福岡県（筑後地方）
これらの地域は、古くから「當」「当」を含む地名が存在しており、地名と姓の対応関係が明確に見られます。特に中国地方では、江戸時代の地誌にも「當村」「當郷」といった地名が散見され、地元の名主や旧家がその名を姓として受け継いだと考えられています。
都市部（東京・大阪など）でもごく少数ながら確認されていますが、それらは地方からの移住によるもので、起源的には西日本の姓であることが多いです。また、沖縄県にも「當（とう）」と読む姓が存在しますが、これは「當山（とうやま）」「當真（とうま）」など琉球系の姓に含まれるもので、本土の「當（あたり）」とは異系統とみられます。
全国的に見れば希少姓の一つであり、名字ランキングでは10万位前後に位置すると推定されます。
當さんの名字についてのまとめ
「當（あたり）」という名字は、日本でも数少ない旧字体の漢字をそのまま受け継いだ希少な姓であり、古代の地名文化に由来する由緒ある名字です。意味としては「その場所」「この辺り」「地域の中心」などを示し、地名や位置関係を表す地名姓の一種です。
読み方は「あたり」が最も一般的で、地域によっては「とう」と読む家も存在します。その語源は古代の「辺り」や「当たり」に由来し、地名としての意味がそのまま名字に転用されたと考えられます。
分布は主に西日本に集中しており、特に広島県・山口県・熊本県などで確認されています。全国的には非常に珍しく、100人前後しか存在しないとされる希少姓です。
「當」という名字は、古い日本語や地名表現の歴史を今に伝える存在であり、日本文化における「土地と名の結びつき」を象徴する姓のひとつといえるでしょう。その端正な字形と古風な響きは、時代を超えて受け継がれる日本の名字文化の奥深さを物語っています。
