「猪狩（いがり）」という名字は、日本の姓の中でも古くから存在する由緒ある姓であり、狩猟文化や自然信仰と深く関わりを持っています。全国的に見ると珍しい部類に入る名字ですが、関東地方を中心に古くから分布しており、特に茨城県や福島県などでは古代からの郷名・地名と結びついて発展してきました。本記事では、「猪狩」という名字の意味、歴史的な由来、地域分布や読み方などを、文献・地名史料・名字辞典などの事実に基づいて詳しく解説します。
猪狩さんの名字の意味について
「猪狩」という名字は、その字の通り「猪（いのしし）を狩る」ことを意味します。文字を分解すると、「猪」は野生動物の「いのしし」を、「狩」は「狩り」「狩猟」を意味し、直訳すれば「いのししを狩る人」または「狩猟を生業とする家」という意味になります。
古代日本では、狩猟は生活の一部であると同時に神事とも密接に関わる行為でした。特に「猪」は、古来より勇猛・多産・豊穣の象徴とされ、神に捧げる供物として狩られることが多かった動物です。そのため「猪狩」という名字には、単なる職業的意味だけでなく、「神聖な狩猟に関わる人々」「土地を守る勇者」といった象徴的な意味も含まれていると考えられています。
また、「猪狩」は地名由来姓でもあります。古代から中世にかけて「猪狩」という地名が複数存在しており、そこに住む人々が土地の名を姓とした例が多いとされています。特に茨城県や福島県などの古代東国地方では、狩猟が盛んであったため、このような名字が生まれたと考えられます。
猪狩さんの名字の歴史と由来
「猪狩」という名字の起源は、古代の東国（現・関東地方および東北南部）にさかのぼると考えられています。文献上では平安時代中期の記録に「猪狩郷（いかりのさと）」や「猪狩庄（いかりのしょう）」といった地名が登場しており、これが姓の起源地とされます。
特に有名なのが、常陸国（現在の茨城県）と陸奥国（現在の福島県）にあった「猪狩郷」です。『和名類聚抄』（平安時代中期の地名辞典）にも「常陸国那賀郡猪狩郷」の記載があり、これが現在の茨城県北茨城市・高萩市周辺に比定されています。この地域は古くから山地が多く、狩猟や林業が盛んな土地であったため、「猪狩」という名が地名として定着したと考えられます。
中世以降、「猪狩」姓を名乗る一族は関東各地で確認されるようになります。鎌倉時代には、武士団の中に「猪狩氏」の名が見られ、常陸源氏の支族や土豪として活動していた記録が残っています。また、室町期から戦国時代にかけては、現在の茨城県・福島県南部・栃木県などにかけて「猪狩」氏が点在し、地域の有力農民・武士として土地に根を下ろしました。
江戸時代になると、「猪狩」姓は農民や商人の家にも広まり、特に茨城・福島・千葉の一部では「古くからの土地姓」として定着しました。明治時代の戸籍制度の確立によって正式な姓として登録され、現在に至ります。
猪狩さんの名字の読み方
「猪狩」という名字の一般的な読み方は「いがり」です。この読みが全国的に最も多く使われています。
ただし、地域や家系によっては異なる読み方をする場合もあり、確認されているものとしては以下の通りです。
- いがり（最も一般的）
- いかり（まれに見られる読み）
「いがり」という読みは、古語の発音変化によるものとされています。古代日本語では「いかり」が「いがり」へと転訛する現象が多く、「碇（いかり）」などと同様の音韻変化が見られます。そのため、「猪狩（いがり）」は地名や職業由来の読みを自然に継承したものと考えられます。
また、同音異字の名字として「伊狩」「伊苅」「井狩」などが存在しますが、これらはいずれも「猪狩」と同源または類似の由来を持つ姓とされています。ただし、漢字表記が異なるため、地域によっては別系統とされる場合もあります。
猪狩さんの名字の分布や人数
「猪狩」という名字は、全国的には珍しい部類に入りますが、特定の地域では比較的よく見られます。名字研究サイトや戸籍統計によると、「猪狩」姓を持つ人は全国でおよそ7,000～9,000人程度と推定されています。
地域分布では、特に関東地方と東北地方の南部に集中しています。都道府県別では以下のような傾向があります。
- 茨城県（特に北茨城市・高萩市周辺）
- 福島県（いわき市・郡山市など）
- 栃木県（那須塩原市・宇都宮市など）
- 千葉県（東葛地域）
- 東京都（移住・転居による分布）
これらの地域はいずれも、古代の「猪狩郷」や「猪狩庄」に由来する地名が存在していた場所、またはその周辺と一致します。とくに茨城県と福島県の県境地帯は、「猪狩」姓の発祥地とされ、現在でも比較的多くの世帯が見られます。
一方、西日本ではほとんど見られず、近畿・中国・九州地方での分布は極めて少数です。これは、「猪狩」姓が古代東国の地名や文化に由来するためであり、西日本では同様の意味を持つ「猪口（いのくち）」「猪俣（いのまた）」など別の姓が定着したことによります。
また、近代以降、東京・神奈川・埼玉などの都市圏にも移住者が増えたため、関東全域に少数ながら広がっています。現代では芸能界やスポーツ界でも「猪狩」姓の人物が知られており、名字として一定の認知度を持っています。
猪狩さんの名字についてのまとめ
「猪狩（いがり）」という名字は、古代の地名・職業・信仰など多様な要素を背景に持つ日本の伝統的な姓です。その文字が示す通り、「猪を狩る」という行為に由来し、古代の狩猟文化や自然崇拝を反映しています。
発祥地は茨城県や福島県などの東国地方で、平安時代の文献にも「猪狩郷」の名が見られることから、古くから土地に根付いた姓であることがわかります。中世には武士団の一族名としても登場し、江戸期には農民や商人の間でも一般的な姓として用いられました。
読み方は「いがり」が最も一般的で、地名的背景から「いかり」と読む場合もありますが少数派です。分布は関東・東北南部に集中しており、特に茨城・福島両県では古来からの由緒ある名字として知られています。
「猪狩」という名字は、勇猛さ・自然との共生・土地への誇りを象徴する日本的な姓であり、古代の生活文化や地域社会の姿を今に伝える貴重な存在です。その響きや意味には、古代日本人の自然観と精神性が息づいているといえるでしょう。
