「犹守（いづもり）」という名字は、日本全国を見渡してもほとんど見かけることのない極めて珍しい姓のひとつです。特に「犹（いづ）」という漢字を用いる名字は非常に稀であり、日本の名字史の中でも特殊な存在といえます。この名字には古代日本の地名や信仰、そして「守る」という言葉に象徴される守護・保護の意味が重なっており、古代の土地神信仰や氏族の役職名と深い関係があると考えられます。本記事では、「犹守」という名字の意味、歴史、由来、読み方、分布などを、現存する文献や姓氏学の知見に基づいて詳しく解説します。
犹守さんの名字の意味について
「犹守」という名字の構成を見ると、非常に古風で意味深い漢字が使われています。「犹」は現代ではあまり一般的ではない漢字ですが、もともとは「猶（なお）」の異体字です。古代中国語や漢文では「いまだ〜」「なお〜のごとし」という意味で使われ、日本語でも「なお」や「いづ（いず）」と読まれる場合があります。そのため、「犹」は「猶」と同義で、古文書では互換的に使われていました。
一方の「守」は「まもる」「もり」と読み、神社や土地を守護する役職や地名に多く使われる字です。「守」は日本の名字において頻出の要素であり、「藤守」「村守」「神守」「家守」などといった形で各地に残っています。これは古代の「守（かみ）」や「郡司（ぐんじ）」など、律令制度下で地方の統治や祭祀を担っていた人々の役職に由来する場合が多いとされています。
したがって、「犹守」という名字は、「猶（いづ）＝いまだ・続く・由来する」という意味と、「守（もり）＝守護・管理・神聖を護る」の意味が組み合わさり、「古きものを今に守り続ける」「由緒を護る」といった象徴的な意味を持つ名字であると解釈されます。このような意味合いは、古代氏族や神職の家系に由来する名字に多く見られます。
犹守さんの名字の歴史と由来
「犹守」姓の由来は定説が少なく、現存する記録も限られていますが、名字研究の観点からは「地名由来説」と「職能由来説」の両面が考えられます。
まず「地名由来説」としては、「いづ」という音を持つ古地名との関連が注目されます。日本各地には古代から「出（いづ）」「泉（いづ）」「伊豆（いづ）」といった地名が存在しており、これらは清らかな水の湧き出る土地を意味する場合が多いです。とくに「伊豆（いづ）」は「いづ＝出る、水が湧く」から派生した言葉であり、古代日本における自然信仰と深く結びついていました。そのため、「犹守（いづもり）」という名字も、「いづ」という地名の神社や土地を守護する家系が名乗った姓である可能性があります。
次に「職能由来説」です。「守（もり）」という字は、古代律令制の官職である「守（かみ）」や「郡司（ぐんじ）」の「守」を表すことがありました。これらは地方の政治や神事を統括する役職であり、特定の地域を治めたり、神社の祭祀を司ったりする家系が多く存在しました。したがって、「犹守」は「いづ地方（あるいはいづと呼ばれた地区）」の守りを担った役人・氏族に由来する可能性が高いと考えられます。
また、名字に「守」がつく場合は、古代から中世にかけての「社守（しゃもり）」や「地守（じもり）」のように、神社・仏閣・荘園などの管理者・守護者を意味することも多く、「犹守」もその流れを汲む姓であると見ることができます。とくに中世以降の村落社会では、地域の守護神や土地の守を世襲的に務めた家が、その役職名を名字として採用する例が多く確認されています。
なお、古文書には「猶守」「伊守」「出守」などの異表記も見られるため、「犹守」もそうした古い姓の一系統、あるいは変化形である可能性があります。
犹守さんの名字の読み方
「犹守」という名字の主な読み方は「いづもり（Izumori）」です。現代では「いづ（いず）」の発音が「いず」に変化する傾向がありますが、古語表現や地名では「いづ」が残る例も多く、「犹守」姓においては古風な発音である「いづもり」が正式・伝統的な読み方とされています。
ただし、稀に地域や家系によって以下のような異読も存在する可能性があります。
- いずもり（現代音に近い読み方）
- いっもり（促音化した地方訛り）
- ゆうもり（「犹」を音読みした特殊読み）
しかし、名字としての一般的・正確な読みは「いづもり」が主流です。「犹」という字は現代では人名用漢字には含まれませんが、古い戸籍や家系図では使用されており、「猶守」と表記されている場合も見られます。どちらの表記も読み方は同一で、「いづもり」と読むのが通例です。
犹守さんの名字の分布や人数
「犹守」姓は全国的に見ても非常に希少であり、名字データベース（名字由来net、日本姓氏語源辞典など）によると、現代日本ではおよそ10人前後しか確認されていないと推定されています。これは、日本全国に約30万種類ある姓の中でも最も珍しい部類に入ります。
現存する「犹守」姓の分布をみると、主に以下の地域に限られていることが分かります。
- 熊本県（八代市周辺）
- 福岡県（久留米市・柳川市周辺）
- 山口県（防府市・周南市周辺）
- 島根県（出雲地方周辺）
とくに島根県出雲地方における確認例は興味深く、「いづ」という音と「守」という文字の組み合わせが、まさに「出雲（いづも）」という地名の語感と一致します。そのため、「犹守」は「出雲守（いずものかみ）」などの官職名が簡略化・転訛して生まれた姓である可能性も指摘されています。
また、九州地方（特に肥後・筑後）に見られる分布は、中世における守護職や荘園管理者の流れを汲むものと推測されます。江戸時代の古文書においても、肥後の庄屋や郷士に「守」を含む姓が多く見られることから、同様の系譜に属する可能性が高いといえます。
全国的な人数は少ないものの、各地で名字を保っている家は代々その土地に根ざしており、地域史の中で古くから続く家系であることが多いと考えられます。
犹守さんの名字についてのまとめ
「犹守（いづもり）」という名字は、日本に数えるほどしか存在しない非常に珍しい姓です。その意味は、「猶（なお）」「逸（すぐれる）」を示す「犹」と、「守護・保護」を意味する「守」が組み合わさったもので、「由緒あるものを守り続ける」「古きを尊び護る」という象徴的な意味を持つと考えられます。
由来としては、地名由来説（「いづ」や「出雲」に関係する土地の守護者）や職能由来説（地方官や社守の称号に由来）などが挙げられます。歴史的背景には、古代日本の律令制下の職制や神社の管理制度が影響している可能性があります。
現代では全国でもわずか数世帯ほどしか確認されず、九州地方や中国地方の一部にごく限られて分布しています。稀少でありながら、日本の古語的文化や信仰を色濃く残す名字であり、非常に由緒ある姓の一つといえるでしょう。
「犹守」姓は、古き時代の精神と土地信仰の記憶を今に伝える貴重な名字であり、その存在は日本文化の深層に息づく「守り」の思想を象徴しています。
