「檪（いちい）」または「櫟（いちい）」という名字は、日本において自然や植物を由来とする姓の中でも特に古い系譜を持つものの一つです。「檪」や「櫟」は、いずれも木の名前を表す漢字であり、日本の伝統文化や風土と密接に結びついています。この名字は地名や自然地形、そして古代の信仰にも関係していると考えられ、古くから各地に分布してきました。本記事では、「檪／櫟（いちい）」という名字の意味や由来、歴史、読み方の違い、分布と人数について、史料や名字研究に基づいた事実をもとに詳しく解説します。
檪／櫟さんの名字の意味について
「檪（いちい）」および「櫟（いちい）」という漢字はいずれも樹木の名前を表し、日本語では「くぬぎ」や「コナラ」を指す場合があります。これらの樹木は古くから日本人の生活に密接に関わっており、薪炭材や家具材、さらに神事や建築にも用いられてきました。
「檪」「櫟」の字はいずれも同義で、いずれを使うかは時代や地域によって異なります。「檪」は主に簡略体として用いられ、「櫟」は正式な旧字体です。どちらも中国由来の漢字ですが、日本では早くから和語「くぬぎ」「いちい」と結びついて使用されてきました。
名字としての「檪」「櫟」は、こうした樹木が多く生える土地や、木材業・林業に関わる家系、または地名（例：「檪ヶ原」「櫟の森」など）に由来することが多いと考えられています。自然環境と密接に関わる名字であり、「山の神木」や「社の守り木」としての信仰対象となった木にちなんで名づけられた例もあります。
また、「いちい」という読みは、「一位（いちい）」という別の漢字表記とも関係があり、「唯一の」「特別な」という意味を持つ語感から、名字として尊ばれてきたと考えられます。
檪／櫟さんの名字の歴史と由来
「檪／櫟」姓は、自然地名や古代の社寺信仰に由来する自然姓（じねんせい）の一種です。古くは『和名抄』（平安時代中期の辞書）などに「櫟」「檪」の表記が見られ、山林や郷の名に多く用いられたことが確認されています。これらの地名は、古代の日本における「木の信仰」「山岳信仰」と密接な関係を持っていました。
奈良時代から平安時代にかけて、各地の山村や社寺周辺では「櫟神社」「檪ノ森」などが祀られており、こうした地域に住む人々が土地名をもとに「檪」または「櫟」を名字として用いたとみられます。特に、奈良県、和歌山県、三重県、滋賀県など、古代の山林資源が豊富な地域にこの姓の痕跡が見られます。
また、中世以降の武士階級にも「檪」姓を名乗る家が存在していたとされ、地侍・郷士層にこの姓が広まったと推測されています。たとえば戦国期の近畿地方の文書には「櫟某」と記された人物の名が見え、地元の名士や郷士として活動していたことがうかがえます。
江戸時代には、檪（櫟）姓は主に農村部で確認される姓となり、明治期の氏姓制度確立の際に正式に登録された家系が多くありました。特に、地名に「檪」「櫟」を含む地域（例：奈良県桜井市の櫟本（いちのもと）、滋賀県甲賀郡の櫟野（いちの）など）では、土地の名を取って「櫟（いちい）」と名乗る家が複数存在したことが記録されています。
したがって、「檪」「櫟」姓は単に植物名に由来するだけでなく、日本各地に実在した「櫟（いち）」や「檪」を冠する地名や神社に深い関わりを持つ姓であるといえます。
檪／櫟さんの名字の読み方
「檪／櫟」という名字の主な読み方は「いちい」です。これは最も一般的な読みであり、全国の戸籍でもこの読み方が確認されています。
ただし、古代および中世の文献には複数の読み方が存在しており、地域や時代によって以下のような異読が見られます。
- いちい（標準的な読み）
- くぬぎ（木の名称に基づく読み）
- れき（音読み。漢字本来の中国音に基づく読み）
- かしわ（古方言的用例。広義の落葉広葉樹を指す意味での俗称）
名字としては「いちい」が定着していますが、地名や古文書では「くぬぎ」と読まれる場合もあり、混在して用いられていたことが確認されています。特に関西・中部地方では「いちい」、九州では「くぬぎ」と読むケースがわずかに存在します。
また、「檪」「櫟」は「一位（いちい）」と混同されることがあり、同じ読みを持つ別字表記として扱われる場合もありますが、由来する植物や意味は異なります。「一位」は針葉樹（イチイの木）を指し、「檪／櫟」は落葉広葉樹（クヌギ・コナラ）を指す点が異なります。
檪／櫟さんの名字の分布や人数
「檪（いちい）」「櫟（いちい）」姓はいずれも全国的に見て非常に珍しい名字です。全国の名字統計データによると、両字を合わせた総人数は100人未満と推定され、稀少姓に分類されます。
分布としては、近畿地方を中心に確認され、特に奈良県、和歌山県、滋賀県、京都府、大阪府などに少数の「檪」または「櫟」姓が見られます。また、これらの地域には「櫟原（いちはら）」「櫟本（いちのもと）」「櫟野（いちの）」など、櫟を含む地名が多く存在し、地名との関連性が極めて高いことがわかります。
また、九州地方（熊本県や鹿児島県）でもまれに「檪（くぬぎ）」の表記が見られますが、これは読みが異なり、別系統の姓であると考えられます。東日本ではほとんど確認されておらず、西日本に偏った分布を示す姓です。
現代においては、「檪」「櫟」の漢字が難読であるため、「一位（いちい）」などに改字されている家系もあります。そのため、現存する「檪」「櫟」姓の数は、かつてよりもさらに少なくなっていると推測されます。
檪／櫟さんの名字についてのまとめ
「檪／櫟（いちい）」という名字は、日本の自然と深く結びついた稀少姓です。もともとは「クヌギ」や「コナラ」などの木を意味し、こうした樹木が多く生える地域、またはそれを象徴とした地名から生まれた姓です。古代には「櫟神社」などの信仰と結びつき、土地の象徴や神木として崇められてきました。
近畿地方を中心に確認されるものの、全国的にはきわめて少数であり、現代では希少姓として知られます。読みは主に「いちい」ですが、古くは「くぬぎ」「れき」などの異読も存在しました。
「檪」「櫟」姓は、日本の風土や文化、自然への敬意を反映した名字であり、木々と共に暮らしてきた日本人の生活史を象徴する姓といえるでしょう。その稀少性と自然的な由来から、文化的価値の高い名字のひとつに数えられています。
